audio-technica
ATH-W11JPN
木材ハウジングに漆塗りを施すという、前代未聞のヘッドホン、ATH-W11JPNを紹介します。
オーディオテクニカのWシリーズは、ヘッドホンのハウジングに高級木材を使用するという大胆なアプローチで、「オーディオアクセサリ」のカテゴリーでくすぶっていたヘッドホンを、立派なオーディオコンポーネントの一員としての地位にまで押し上げました。ATH-W11JPNは、その高級木材の上に、1400年の伝統をもつ越前漆塗りを施すという前代未聞の製品。国産の素材と日本の伝統工芸をオーディオテクニカの技術で纏め上げた、和風ヘッドホンです。W11JPNの「JPN」は、漆をあらわす「japan」からきています。
・ハウジングに樹齢約100年の北海道産アサダ桜を使用
audio-technicaのWシリーズは、ハウジングに木材を使用していることによって特徴付けられています。Grado
Labs.のRS-1も、マホガニーをくりぬいて作ったハウジングになっていますが、オーディオテクニカの方がもっと大胆に木材を使っています。96年に発売されたATH-W10VTGでは飛騨高山産(ひだ
たかやま)のミズメ桜の無垢材が採用されていました。それに続く2000台限定生産のATH-W10LTDでは樹齢100年以上の北海道産アサダ桜の心材部分のみが使用されました。今回のATH-W11JPNでも、W10LTDと同じ材質が採用されています。 これ以上となると、SONY
MDR-R10(定価36万円)の樹齢200年の欅の心材ハウジングしかないでしょう。
心材のみ使用ということで、材質のバラツキは少ないようです。作者のATH-W10VTGのハウジングは左右で若干使用部分が異りますが、W11JPNでは左右とも同じような質感です。それだけ贅沢な使い方をしているということですね。
かなりの大音量で演奏させても、ハウジングが振動している感じは無く、がっちりとした印象です。
・越前漆塗り
このような贅沢な木材ハウジングには、1400年の伝統を誇る越前漆塗りが施され、このヘッドホンのトレードマークとでも言うべき上品な色合いと輝きを与えています。漆塗りといえば、輪島塗が有名ですが、こちらは実用よりもむしろ加飾などによって芸術的な表現をする方に重点が置かれるようです。それに比べ越前漆塗りは実用性が高く、旅館等で使われる業務用食器での採用実績は日本一だそうです。ATH-W11JPNでは漆に朱や鉄粉を加えない、木地呂仕上げという仕上げになっています。朱や鉄粉は漆の耐久性を高める働きがあるそうですが、それを使わないのはやはりアサダ桜の木地を生かすというデザイン上の配慮でしょうか。
表面の滑らかさはATH-W10VTGのニス塗りの比ではなく、間近で見てもアラが見えないほどです。それだけに、扱いには注意しなければなりません。指紋等をふき取る際には、まず表面についた細かな埃を払い、それから柔らかい布を用いて、息を吹きかけながら丁寧にふき取るようにします。細かな埃をそのままにしてふき取ると、ハウジングに微細な引っかき傷をつけ、徐々に光沢が失われてしまいます。
漆は一度固まると、酸、アルカリ、溶剤などにも殆ど溶けない強力なコーティング剤になります。しかし、漆分子は紫外線にだけは弱く、保管場所には気をつけなければなりません。使用しないときは布製ポーチに入れておくのが賢明です。先日石丸2号館に足を運んでみると、見るも無残な色合いに変わり果てたW11JPNに出会いました。展示品のように劣悪な環境下に置かれていると、1年を待たずに劣化してしまうようです。
12月の購入当初は漆も生乾きで、漆独特の香りがあり、アサダ桜材の木地は殆ど不透明な漆に隠れていました。漆がほぼ完全に乾いた現在はそれほど神経質になる必要はないのですが、購入当初はうっかり爪で傷をつけてしまう人もいるようでした。
・新開発53mmドライバー
ATH-W11JPNのようなヘッドホンではついハウジングと漆塗りにばかり目が行ってしまいますが、音質上一番大切なのは、やはり出音部であるドライバーではないでしょうか。
大口径53mm、ATお得意の超高純度OFC8Nのボイスコイル、ネオジウムマグネット、スーパーハードコートダイアフラムといった基本的な部分はATH-W10VTGと変わりありません。 ドライバーをグラスファイバー配合の高密度強靭バッフルに固定している点も同様です。
しかし、スペックを見ると、インピーダンスは50Ω、感度は98dB/mWと、ATH-W10VTGの48Ω、100dB/mWに比べ若干ですが異なっています。また、ドライバーの開口部を見れば、ドライバーが確実に違うものであることがすぐに分かります。
ATH-W10VTGのドライバーの開口部のグリルは、小さな孔を多数空けただけのものでした。ATH-W11JPNのグリルは、大小の孔を組み合わせた物になっています。これにより、よりシビアに音質をコントロールしていることを窺わせます。作者は専門家ではないので良く分かりませんが、このグリルは、位相特性など音質を決定する上で意外に重要なようです。また、バッフルには高音の反射を防ぐため(?)の吸音材とおぼしきものが貼り付けられています。
・入力コード
ATH-W10VTGのコードはPCOCC、3.5mのものでした。W11JPNではこれが6N-OFC、3.0mに変更されています。また、グラウンド線を左右別々にした4芯構造になっており、ドライバから見たグラウンド電位が安定になり、高品位な伝送が可能になりました。3.0mの長さは絶妙なもので、短すぎず、長すぎず、ちょうど日本の住宅事情にベストマッチしています。ATH-W10VTGでは2ウェイだったプラグは、音質を優先するためステレオ標準プラグとなりました。
シルク100%巻きのコードはしなやかで扱いやすく、絡まりません。また布巻きのように毛羽立たないので手触りの良いものです。多少タッチノイズを拾うようですが、静かな家庭での使用が前提であることを考えれば、さして問題ありません。Sennheiser
HD600などはケブラー繊維で補強したビニール被覆のケーブルで、柔らかい上に丈夫で、非常にタッチノイズが少ない実用的なものになっています(HD600も独立グラウンド線)。が、高級感ではオーディオテクニカにかなうものではありません。
難点を一つ。4芯構造は相当無理をしているのか、しばらく使いつづけているうちにコードの一部が波打つようになってしまいました。展示品のW11JPNも同じような状態をよく見かけます。
・植毛人工皮革イアパッド
ATH-W10シリーズでは、天然コラーゲン配合のイアパッドを使用していました。このイアパッドは、普及品のウレタン・イアパッドに比べれば耐久性や掛け心地で数段優れたものでしたが、それでも長時間使用すると蒸れて不快なこともありました。それに比べ、W11JPNに採用されている植毛人工皮革イアパッドは、細かく植毛されている毛のおかげで肌とパッドの間に空隙が出来、長時間使用でも蒸れません。また、肌触りも大変ソフトで、肌に吸い付くようです。
・ニュー・ウィングサポート
定荷重バネを利用することによって、頭の大きい人にも、小さい人にも適切なフィット感を与えるウィングサポート(PAT.)が、ニュー・ウィングサポートに改良されました。写真を見れば一見してお分かりと思いますが、従来のウィングサポートに比べ、頭との接触部分が少なく、蒸れにくくなっています。
ただ、改悪になってしまった部分もあります。真中に穴があいているために、そこから髪がはみ出すと、それが時々、ウィングサポートを支えている針金に挟まり、痛い思いをすることになります。
ATH-W10VTGとATH-W11JPNを並べてみると、2本のハンガーの角度が違うことに気付きます。W11JPNの方が、やや外向かいに取り付けられています。このためでしょうか、ヘッドホンを掛けたときの側圧がW11JPNの方がソフトで、長時間掛けていても疲れにくくなっています。逆に、寝転がって使用するときはズリ下がってしまい、あまり快適ではありません。
・高級感は十分、肝心の音質はもうひとがんばり
いきなりヒドイことを言うようですが、これが作者の正直な感想です。残念なことに、私見ではATH-W11JPNの音質は、Sennheiser
HD600やスタックスのイヤースピーカほどではないように思えます。聞いていて一番気になるのは低音のコモリ感です。中低域が異常にこもった感じがします。一度オープンエアの音に慣れてしまうと、W11JPNの密閉型特有のクセを強く感じさせる音にはどうしてもなじめなくなってしまいます。逆に重低音は少し物足りない感じがします。下位モデルのATH-W10VTGの低音の方が、適度に重低音を強調した感じで、ずっと良かったと思います。 とにかくこのこもった低音がひどく耳障りで、全体のバランスをひどく崩しています。高域の質はだいぶ高級になりました。ATH-W10VTGでは中高域以上は聞こえない、少し安っぽい感じの高音でしたが、HD600の高音にかなり肉薄した上質の高音を聞かせてくれます。
このヘッドホンの最大の売りは木製ハウジングに漆塗りを施した豪華な外観、「所有する喜び」であって、音質は大した事はないと考えるのがよさそうです。今まで国産ダイナミック・ヘッドホンが「オーディオアクセサリー」として扱われるような軽蔑される地位に留まっていたのを、木材ハウジングを採用すると言うアプローチでオーディオマニアの目を引くような製品に仕上げたと言う意味で、オーディオテクニカのWシリーズ(W10/W10LTD/W11JPN/W11R/W100)の功績は大きいと思います。
もし、このヘッドホンが本当にHi-Fiなのだと信じて買った方がいれば、それは不幸な話です。正直に言って、値段の割に音質はパッとしないと思うし、漆塗りが音質向上のために絶対に必要な要素とは思えません。
しかし、Hi-Fiであるかどうかということ以外にも、このヘッドホン独特の面白み、楽しみ方というものがあるわけで、そのことを加味すれば、なかなか面白いヘッドホンと言えるでしょう。音質の不備を認識した上で、敢えてクセの強いヘッドホンにチャレンジするのも、オーディオの楽しみ方の一つです。良くも悪くも、ATH-W11JPNはATH-W10VTGなど他のWシリーズに比べて、木材ハウジングの響きのイメージを積極的に前面に出した音質を持っています。いかにも密閉型であるような、ハウジング内に電流が充満しているような音の鳴り方。このあたりはかなり好き・嫌いの個人差が出てくると思います。
・積極的にエージングを提案
このヘッドホンの楽しみ方について、オーディオテクニカはエージング(使い込みによって音質を向上させること)を5年、10年かけてやってみませんか、という面白い提案をしています。
普通、ヘッドホンでエージングというと、買ってから1週間程度、長くても3ヶ月の間に、主に振動盤などの可動部の「慣らし運転」をすることを言います。しかし、ATH-W11JPNのカタログでは、「5年、10年と時を経るごとに心材を使用したハウジングは硬さを増し、より引き締まった響きの音質が楽しめるようになる」としています。同様に、漆のほうも5年程度で透明度が増し、アサダ桜材の地肌がクッキリと浮き上がってくるそうです。
5年から10年といった長い期間でのエージングを積極的にアッピールしているのは本機とATH-W10LTDだけではないでしょうか。ちょっと大袈裟ですが、これはもう、一生の伴侶にしてくれと言っているのと同じで、これもまた「持つ喜び」を倍加させる要素となっています。
何年も掛けてエージングを終わらせなければ最高の音質が得られないヘッドホンなんて、工業的には失格かもしれませんが、オーディオを趣味とする人にとっては大いにロマンをかきたてられるところがあるのではないでしょうか。使い込むことで音質を向上させるという、その経過を楽しむことを提案しているのは面白いではありませんか。作者の主要な購入の動機はここにあります。音質的には気に入りませんが、私はこの製品を絶対に中古品として売りに出す事はないだろうと思います。
audio-technica ATH-W11JPN スペック |
|
周波数特性 |
5 - 30,000Hz |
型式 |
ダイナミック型 |
インピーダンス |
50Ω |
感度 | 98dB/mW |
最大許容入力 | 2000mW |
重量 | 340g |
コード長/素材/端末 | 3.0m/OFC6N/φ6.3ステレオ標準プラグ |
価格 | \65,000(税別) |
備考 | 布製ポーチ付属 |
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ATH-W11JPN テクニカルデータ
漆Q&A
「松屋漆器店」ホームページの一部です。ATH-W11JPNオーナーの方はココで漆の取り扱い上の注意を調べておくとよいでしょう。しかし漆を普段から扱う方々にとって、「漆塗りのヘッドホン」とはどのような品に映るのでしょう?
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